英語力が試されているのではなく

英語で問い合わせができる

カナダで自分の商売をやっていくんだ!
バンクーバーに行くことに対し、反対もせず見守ってくれた妻と二人の娘出来の悪い学生に英語バンクーバーで知り合っ留学の一切の手続きをお願いし、現地でも頼りになった留学エージェントのちびかなだのスタッフへ。の教師とスタッフへ。さらにLSIで友達になってくれたすべての学生たち。バンクーバー滞在中、快適に過ごさせてもらったホームステイファミリー。を楽しく教えてくれた学校たすべての人々に感謝。「LSI」灰色のバンクーバー期日。

でも繰り返しになりますが
寝たり起きたりを繰り返しながらバンクーバーに到着したのは、午前11時を回った頃だった外はどんよりと曇り、せっかくはるばる日本からやってきたというのに、どうも歓迎されているようには見えない一先ず空港のATMで当面の金100カナダドルを下ろした私は、何も考えずにそのままダウンタウン行きのバスに乗り込む一応事前にガイドブックで目ぼしい安宿はチェックしてあったが、具体的な本日の宿はまだ決めていないちょうどGWが終わったばかり。それほど混雑しているということもあるまい時期的にはシャトルバスというよりは市バスに近い車に乗り込んだ私は、窓の外を流れる空港地区の景色をぼんやりと眺めていた。ダウンタウンから離れているせいか、辺りには何もなくだだっ広い敷地に幅のあるアスファルトが1本敷かれているだけ左手の彼方に見える背の高いビル群が、どうやらバンクーバーの中心部らしその時私の目にある建物が映る。その建物には、SHENKER、というロゴが描かれていたはて何処かで聞き覚えのある名前だな。その刹那に私はふと思い立ち、ダウンタウンを待つまでもなくバスを降りたそう。

学生ビザ学生ビザはその名の通り

私は彼女に、娘さんのところに行けば良いのではないかと、伝えてみたが、カナダに住む:とにより得られる·年金を含む様々な国の保証を受け取る機会を失いたくないという。彼女の誕生日に招待され、シェアハウスにお邪魔した。7~8人が共同生活を送っている。一人一部屋、バス·トイレ、キッチンは共同、管理人がいて救急の対応もしてくれるとのこと。彼女の部屋には、娘夫婦、孫、自分の若かりし時の写真が飾ってあった。彼女とはその後も英会話の練習になると思い幾度か会ったが、後半はメールのやり取りする程度になった。

法に従わないといけないWi-Fiが繋がっても英語力がないとレンタルできない場合が多いですアンの誕生日にシェアハウスに行ったとき、同じく招待されていたルーマニア人女性「ガブリエラ·彼女はバンクーバーで同じルーマニア人男性と結婚し、娘が一人いる。娘は現在トロントの大学に1b。娘には彼氏がいて、休みにも帰ってこないとのこと。彼女にも、英会話の訓練になると思い話しかけるが、、学校·ホームステイでは話す機会はないのか?、ときっぱり、物事をはっきり言う女性。数日後、彼女の夫の運転する車で、アンと私の4人でHorseshoeBayまでドライブした。HorseshoeBayは、バンクーバー島やボウエン·アイランドへ向かうフェリーの港がある。整備された公園もあり、家族連れ、カップルが楽しそうに過ごしている。

どちらかというと

パーティ-ケベッコワというのは、ケベック独立派の党。この党は、ケベックは独立しよう、というのをポリシーとし、他言語廃止しましょう、この宗教はどうしましょうとかいう政党。ケベックは現在、独立するからな。と脅しをかけて、いろいろカナダ政府からお金とかシステムとかベネフィットを貰っている感じです。もし、カナダ政府が、ハイ、どうぞ。といったらどうでしよう。それらのベネフィットはなくなるわけです。なんか傍から見れば、これ、脅しじゃ。勝手にやればー?、って感じで、そういった声を、たくさんの移民の人達から聞きました。

カナダで最初に商業ワインを販売し

でもケベックに住んでいるカナダ人の声を聞くと、独立すべきじゃないと言うんです。心情さまざまです。知らない人でもああしろ、こうしろと命令する、すぐポリスを呼ぶ、といった感じです。あとちょっとカナダ他州の人達と違うと感じる所では、どうでもいいのにわざわざ叫ばないといけない、甘い物が大好きなので、カルシウムが足りないんでしょうか。何なんでしょう。私の怒鳴られ例その1例えば、モントリオールのメトロ「地下鉄」は日本のように頻繁に来ない。遅れる、現れさえもしないなんてしょっちゅうです。

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